CESC 60周年記念誌「Jump to the furure!」
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34寄稿 | 前理事NPO法人カウンセリング教育サポートセンター前理事 NPO法人カウンセリング教育サポートセンター前理事 大沢 直美(旧姓 金井) ときどきCESCの夢を見る。今朝はフォーカシング合宿だった。迷いながらやっと合宿部屋に辿り着くと、そこには仲間が集っていた。BEG(ベーシック・エンカウンター・グループ)の夢もある。そんなCESCの夢を見るたびに思い知らされる。CESC体験は心に深く刻まれ、今の私を形作ったピースのひとつになっていると。 CESCの前身TCSに入学したのは1993年4月。ウィークリークラスから始まり、清里合宿、山中湖BEG合宿、フォーカシング合宿、理論講座、自主勉強会。そしてクラスを終えたあとの飲み会。CESCと出会って30年。受講生から学習助手、2006年度からは講師として関わるようになったが、そのときどきの記憶を思い起こすと、懐かしさとともに“ミドルの青春”という言葉が浮かんでくる。 1年目の学年末レポートを読み返すと、「毎週のグループは自己表現・自己解放の場となり、私は私であることの快適さを覚えるようなった」という文面が目に留まった。人間関係に疲れ果て人間不信に陥っていた私は、CESCと出会うことで自分を取り戻し再生することができたのだと思う。CESCで受け取った“ギフト”に感謝。CESCの新たな出発と未来を見守り続けたい。 30年前、TCSに入学して最初の体験学習は3泊4日の合宿。これが「自分探しの旅」の始まりだった。 今も揺るがない学びはふたつ。「今、ここ」で一期一会のBEG的に人と関わること(ロジャーズの人間観と恩師たち)。フォーカシング的に自分と向き合い、素直に素朴にそのまま受け取ること(ジェンドリンの理論と恩師たち)である。足りないモノや興味に惹かれて学習は広がったが、実家のように安心して帰るホームベースはいつもCESCにあり、そこで得られた生身での体験だった。恩師から「心身一如」の教えを受け、頭と心とからだは切り離せないのは実感だが、からだはその「全部」であった。その学びのなかで自分を癒し、受け入れ、そして掛け替えのない「旅の仲間」を得た。 5年前に病を得て脳の一部が壊れ、過去と未来を考えられなくなったが、学びの旅はからだの内に残され、歩みを止めずに今、ここに居られるのは、カウンセリングとフォーカシングのおかげである。あのときTCSで旅を始めなかったら、刹那せつなを生きながら、すべての出会いに感謝できる今の私は居なかっただろう。CESCからのギフト「今、ここ」 刹那の連続を生きる

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